読図の練習をしたいのと、一人で山を歩きたいのとで、矢も盾もたまらず奥多摩へ。
倉戸口バス停から倉戸山→榧の木山→鷹ノ巣山→稲村岩を通って下山。
奥多摩駅から一つ目のバス停付近で、集落の中を猿がふつうに歩いていた。
バス停では私と男性一人だけ降りた。準備体操をしているうちに男性は登って行った。
木の看板に脅し文句がたくさん書いてあった。
道は集落に入り、どん詰まりでどっちに行こうか立ち止まったらちょうど目の前の家からおじさんが出てきて「登山?」と言って教えてくれた。教えてもらわなかったら相当うろうろしただろう。これで今日の登山はOKなのだという気になる。途中にあった小さい祠と神社にあいさつする。
落ち葉が散り敷いていて静かでとてもよい。広々しすぎてどこを歩いてもいいから下りは迷いそうだ。
これまた広々とした倉戸山山頂に着いたら、多分さっきの男性が一休みしていた。離れたところで私も一休みしているうちにいなくなっていて、私も行こうと立ち上がったらちょうど下から青年が上がってきた。
榧の木尾根は木が茂っていて、眺めはほとんどない。5月ぐらいに来たら気持ちよさそうだ。
何人か行き会う人は8割が男性のソロ。たまに夫婦っぽい男女。一人だけ、近所のおばちゃんみたいな恰好をした60代ぐらいの女性が、見事な足取りで風のように歩いて行った。いずれにしても、みんな50歳は超えていそう。

だんだん周りに木が少なくなって、眺めがよくなってきたあたりで離れた斜面を黒いものがふたつばかり横切って、クマ?!と思ったが猿だった。親子の猿に別の猿がちょっかいを出したらしく、怒られていた。人の喧嘩を眺めていてとばっちりが来たら怖いので早々に去る。

(中略)

鷹ノ巣山山頂からは一気に急坂を下る。いつまでもいつまでもいつまでも下る。これをずっと登ってきた人たちはなんとマゾヒスティックなのか。と何度も思いながら下った。けれど下りでここを通る人はあまりいないようだ。登ってくる人は結構いたのに。みんなマゾか。下り初めてすぐ青年が一人追い越して行った他は誰にも会わない。恒温生物に対照を広げても鳥にしか会わなかった。ときどき緩斜面があると広々としていて、登り始めのあたりと同様に落ち葉が散り敷いていて、よく言えばどこを歩いてもいい感じだし、悪く言えばどこへ向かっていいのかわからない。目印のテープも見当たらない。ふっと別の支尾根に入っていそうでかなり怖い。何度も地図と携帯のGPSを見ながら降りた。自分のちっぽけさをしみじみと味わう。
下山口の階段を上っているとき、ようやく男性が一人あとから現れた。



下山後、ゆとりがあったらKさんの参加しているデザインフェアを見に行こうと思っていたが、当然と言うべきかゆとりはなかった。明日は最終日で8時までやっているから明日にしようと決めて実家へ行く。
実家でテレビを見ていると神宮外苑のアートフェアで火災があったというニュース。5歳の子供が亡くなった。ジャングルジムのような作品が炎に包まれている空撮映像。まさか?と思ったがまさかだった。屋外の展示物が発火した。Kさんにメールしようと思うがなんと言っていいのか言葉がない。明日も行っていいものか迷う。でも行こう、ひそかに見ようと決めたが、KさんのFacebookの記事で明日の開催中止を知った。
参加していた人たちの気持ちは想像もつかない。
楽しい休日を過ごしていたはずの親御さんの気持ちなど到底。


H君からYちゃんと付き合い始めた報告が来る。私が引き合わせたようなものだし、一緒にいるときに「おっこれは」と思ったので、その通りになったのもクイズの正解を出したようで嬉しい。その半面、また自分が取り残されたような落伍者感がぬぐえない。
足りていないのは勇気。
行き帰りに読んだ木皿泉「昨日のカレー、明日のパン」が、結局人と人とのつながりが大事ですよと言っているようで、自分はそんなふうに「本当の」つきあいが誰かとできているのだろうかと悲しくなった。
ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」の石田ゆり子が演じる50代(にはとても見えない)独身の叔母のように素直にムキー!となれたらいいのになあ。
つまり自分の現状はこれではよくないと思っているのだ。