山はあきらめたが焚火をしに行くことにする。
姉は母を連れて寺に先に出た。
河原沿いに走って花見するかなどと思っていたら、姉から電話。寺の裏で母が転んで動けなくなっているという。急遽引き返して合流。車に乗るのは難しい様子なので姉が救急車を呼ぶ。来た音が聞こえたので通りに迎えに走ったら、さっき通り過ぎて行った大きな犬を2匹連れたお姉さんがT字路の出口で止まって救急車の動きを見ていてくれたらしく、「救急車ですか?あっちへ行きましたよ」と教えてくれた。
姉と母は乗り込み、私は車でいったん帰宅待機。
連絡が来て向かうと、大学生の時に水泳を習いに行っていたスクールの跡地に新しく移転してきた病院だった。図らずも堤の道を走って計画通りの花見。
幸いにも骨は折れていないようだが痛みでうまく動けず、車椅子。
がらんとしたロビーで会計を待つ間に、勢いのある爺さんがやってきた。家で転んで頭から血が大量に出たという。突っ込んだのはバラの枝のところ、自分も医者だという話、このあとその医療関係の集まりがあるという話、などなどでかい声で次々としゃべるが、ちゃんと話を終わらせていた。現役時代はこの感じで勢いよく治療してたんだろうな。
会計を済ませて外に出たら、救急車用のスペースにベンツのスポーツカーが堂々と駐車してあった。じじいよ。
ついでに来た道を通って母と姉にも桜を見せて帰る。
夜は母の寝室で夕食。
姉と私はライティングビューローの机を出してそこで食べる。
母は今日は気立てのいいバージョンで助かる。
一日吹っ飛んだ。おかげで「宮本常一と写真」がはかどる。
石川直樹がメインでいろいろ書いている。作家性を出すなというか芸術的な写真にするな、という宮本常一が弟子に教えた話が何回かある。石川直樹のコラムと写真のページが来ると、なるほど芸術だなとすごくよくわかる。でも宮本常一の写真も、生き生きしていていいんだよなあ。船に満載の通学児童たちとか。それは宮本常一という人の目だよな。星野道夫の写真が、星野道夫の目の奥から世界を見ているような気持になるのと同じだ。