ひんやり、薄曇り

父、さらに前進。

私はもういつでもという気持ちだが、姉は伸ばせるものならなんとか伸ばしたいと思っているようだ。母は、一人で全部背負い込んでしまう、祖母のやっていたようにやろうと頑張る、いまそうやることでとても勉強になるのだと言った。

よい、晴れ

午後、医師往診。会社抜けて行く。弟も立ち会う。

いよいよXデー近づいた宣告。

その合間に、先々週弟が買ってきた薔薇を挿木する。

思い出にというのではなく、おそらく、圧倒的な死というものに、生というか未来というもので対応したいのだ。

 

 

写真また入れ替え。

人間の写った写真が次々と却下され、植物と犬。気持ちはなんとなくわかる。

 

 

宣告を受けて各自腹が据わったのか、父が床について以来これまででおそらく最も和やか。父を囲んでなんとなく団らんする。

数日前に姉がSlackで父の前で「だめだ」などネガティブな言葉を言わないように気を付けようと注意喚起していて、つまり私のことだが、そう言いがちな癖があり、今日もバラの話になって「あれは死に絶えて」など言ってしまった。

このあいだ横浜で癌闘病中の友達とお茶をした時も、ものすごく硬いタルトの台が出てきて、友達は力が足りなくて私が代わりに割ってあげたのだが、それまでさんざんふざけてはしゃいでいた勢いで「死ね!」と言いつつ割ったら友達が静かに「まだ死にたくないなー」と言ったのでハッとした。そのことをもう何度も思い返して反省している。

 

なんかぬるい、とても晴れ

朝も父容態不穏。姉が医師に電話するなど。

弟早めに来る。

午後、様子落ち着く。

エリドゥバビロンの挿木する。

株の方にはオルトランまく。

猫、屋根で昼寝。私に気づかない。

弟は、父の仕事関係の人にZOOMで集まってもらってウェブ見舞いを開催。姉はかなり危惧。

 

 

父の調子落ち着いたので夕方から部屋に寄ったあとMさんのところ行く。

Tさんの友人Wさんも来ていて、Mさんの服でキャッキャする。Wさんはヒカリエの展示のときに色違いで同じデザインを大人買いしたそうだ。

集まりがあると、自分はちゃんと興味を持ってもらえているかなと心配になる。

8時前、家に着く。私は食べてくると思ったらしく晩御飯ない。朝作った蓮根のきんぴらで食べる。

父、ワインはやはり積極的に飲む。

正面の壁に貼った写真を「いくらなんでも多すぎる」と言い、指示に従って一部撤去。今日はなんだか頭がはっきりしているようだ。

撤去中に、溜まっていた痰が一気に出た。大量に何度も出たので、タオルが間に合わず寝巻きが汚れる。上だけ着替え。

さっぱりしたのか、以後穏やか。

口腔洗浄を私がやってみる。

 

コナンは入れてあと2回。放送終わったばかりの録画観る。

見終わってNHKになったら「光秀のスマホ」というやつがやっていて面白い。3話やっていた。全部見る。コナンを一緒に見た姉もそのまま見ていて笑っていた。笑いは大事だ。

 

ぬるい、わりと雨

姉、今日もあたりが柔らかい。私が何か言った時に反射的に棘をぶつけてくることなく、ちゃんと聞き返してくる。投げかけたことに対してもこたえが帰ってくる。

自己肯定感が癒されていく気がする。

そしてこのほうが圧倒的にことがうまく回る。

このままずっとこうであることを祈る。

父ははっきりしたりぼんやりしたりしている。

会社へは10時半ごろ行く。

昼休みは2時半ごろまで家にいる。

社長の言葉にありがたく乗っからせていただくことにする。

 

父はペースト食を間を置きつつ少しずつ食べる感じだ。すぐ「もうだめ」と拒否するが、しばらくしてから口に持っていくと食べる。そして三角食べ。

姉は根気よく間を空けて給仕している。コミュニケーションも取れている。努力のたまものか。

しかし、最終的に機嫌を損ねていた。難しい。

 

 

 

何をゴールと定めてあたればいいのかよくわからなくなってきた。

ゴールを定めることもないのか?

 

退社後、部屋へ。

ちょっと前に薔薇の葉っぱがハキリバチに切り取られたのを面白がっていたが、面白がれないぐらい追加で切り取られていた。

 

スーパー寄って実家。

ペースト食に良さげなものを見繕う。その事実が結構心を折ってくる。

母と姉と私の食べるものも探すときに「人間のもの…」と思いかけて訂正する。病人の対義語はなんだろうか。

 

 

父自体も今日は穏やか。

イカとクジラ」観る。イタイイタイ。

覚えていない、晴れ

父はまた症状というか弱りが一段階進んだように見える。

昼、クリニックから食事の仕方を教えてくれる人が来る。しかし本人は眠そうだしあまりやってもらえることはなかった。

夜、ペースト食などを提供する。しばしば噎せ、一度吐くのか?!みたいな顔になった。原因は不明。それでまた姉がパニックになったのか、キレてすべて私の不注意だといったようなことを言い、更に気持ちを落ち着けさせようと笑いの方向に持っていったのも不謹慎だとののしってきた。のでここで我慢したらもうだめだと思い怒鳴り返した。父を挟んで。姉は怯んで「なぜ怒鳴る」といったようなことを言った。今自分が怒鳴ったことはカウントされないらしい。母は「オマエラマダヤッテンノカ」と言いたげに嬉しそうに笑っていた。

slackに「綾と私のいさかい」と書いていたが、そして以前にもキレて当たってくるのに私が言い返したときにそれを小競り合いと呼んだが、こちらとしてはサンドバッグが我慢するのをやめただけのことだ。

父はしかしショックだったのかなんなのか、この夜は私が行くと狸寝入りをするようになった。

21時ごろ看護師さん来て見てくれる。蘇生用の器具など大量に持参しての登場だったがそのころには症状が落ち着いていてありがたくも申し訳なかった。

 

このあと、姉は目に見えてあたりが柔らかくなった。箪笥の上にあったマットレスを一緒に2回に運ぶ。

自分が自発的にやったこと言ったことに対して感情的にそして条件反射的に否定して来られないというのは本当に心安らかなことだ。

 

 

パンツ3本の補正やる。

遅くなったのでマスクには着手せず。

テレビをほぼ観なかった。