ツェルニー100-6、本当に少しずつできるようになる。
と思っていたのだが、手元を一切見ないようにしたら全然だめになってしまった。1に戻る。
木蓮がいよいよ黄色くなり、昼に帰って掃いているそばから、少しの風でどさどさと落ちる。
夜、「バジュランギおじさんと小さな迷子」を観に池袋へ。池袋の駅構内は「雑踏」と言いたくなる。渋谷や新宿や銀座ではそう思わない。年齢層の多様性だろうか。
パルコの上の世界堂でスケッチブック補充。もう一つ上のレストラン街で夕飯。
映画はほぼ満席。始まる前に腹痛の予感のようなものがあったが、最後まで問題なかった。
映画はいい意味も悪い意味もなくおもてたんと違った。
枯れたおじさんを想像していたらムキムキマッチョの兄さんだし、予算があまりかかっていない渋くて静かな映画を想像していたら初手から群衆が歌って踊ってザ・インド映画。後半のハラハラがすごい。おじさんの馬鹿正直ぶりがやばい。シャヒーダーちゃんの自由さがすごい。
最後はそうならなくてもいいのではと私は思うものだが、そうであらねば終われない映画であったのだとも思う。
国境の鉄条網。「永遠と一日」の、「シリアの花嫁」の、38度線の。