寒い寄り、曇りのち雨

フェスティバル/トーキョー15の岡田利則「God Bless Baseball」をあうるすぽっとで。


ネタバレを含むメモ。



韓国人俳優が韓国語でしゃべるが、途中で日本人の役だとわかる。
日本人が日本語でしゃべっているが、韓国人の役である。
もう一人韓国語でしゃべる韓国人がいるが、
先の二人から「であなたはどっちなの?」と聞かれ、
「どっちでもいいじゃない」と答える。
二人も「見てもわからない」と言う。
イチローの形態模写をするニッチローをパクった動きをする男がいて、
彼は日本語でしゃべる。
天からは英語の声が降ってくる。
それぞれの言語をしゃべりながら会話は成立している。
最後に重要な行動をとるのは「どっちでもいいじゃない」と言った人物である。


舞台奥の壁の上の方に巨大な傘を下から見たような、
多角形の巨大な平面体がある。
最後にそこに水が放射されて、面を覆っていた何かが溶けて
ずるずると滴り落ちる。



政治的な発言としての舞台だと思った。
作者はアメリカをこういうものであると思っている、
ということを明らかにしていた。
野田秀樹のどれかの舞台を観たときに、
すべてフリーメーソンが裏で糸を引いているという主張で幕が引かれて、
「はっきりそう言ってしまうのか!」と驚いたのを思い出した。
主張している内容のあやふやさやは違うけれど。


親の希望があり、親の希望に応えようとする子があり、
しかし親の希望はその子の希望ではない、
ということに子は罪悪感を持ち続けて大人になった。



最後の「ここから先は、想像です」といったセリフがうまく消化できなかった。
戯曲を読もうと思う。