ひえひえ、曇りのち晴れ

昼近く起きる。

素晴らしい晴天になったが「つまらない住宅地のすべての家」が面白すぎるので延々読む。

昼過ぎちょっと出て、水草のバケツに井戸水。ついでに浮き草取る。陽光が脳天にジリジリくる。でも空気は爽やか。

あと爪切りぐらいしかしないで読書。

読み終わって最後のページを見ると、装丁はOさんだし装画はSさんだった。そういえばTwitterで見たわけだ。

姉は午後から出かけて行った。

窓あちこち開けて換気。

 

他、古井由吉「野川」。短編集かと思い、真ん中あたりの「野川」というタイトルの部分を読んだ。読み終えて表4を見たら、長編と書いてあった。どうりで唐突に終わった。しかし短編と見ても構わないように作ってあるのかも知れない。また辻が出てきた。古井由吉の文章は覚めそうで覚めない浅い夢の中でいつまでものたくっている気分になる。

「短編画廊」も3編まで読んだ。わりとインパクトに欠けるという印象。装丁は最高。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、皿を洗っていると風呂の湯を抜く様子だったので入れたかと思いきやそれから何時間たっても入れないで、シャツから取ったボタンの仕分けと自分のシャツへのボタン付けをやっている。12時半になってもやっている。私がだいたい何時ぐらいに入るかも知っているし、明日が会社なのも知っているし、流れとしては姉が洗うのが筋だし、私が入浴の支度をしたのも気づいているが、動かない。お湯を抜いたときは洗う気だったのだろうが、だんだん面倒くさくなり、あわよくば私が根負けして洗って入るのを期待しているのだろう。そしてここで風呂を洗えなどと言えばまた屁理屈で逆ギレしてくるのだろう。そしてそれについて話し合うなら、ここ最近のだまし討ちのような家事の押し付け方についても言う必要があるし、つまりまた正面から向き合って話し合いか、というところまで想像して面倒くさくなり、シャワーだけ浴びて寝る。向き合わないで閉じてしまってはモヤモヤがたまったままで何も解決しないし、向き合ったら物事は快方に向かうというのはわかるが今日はそういう気持ちにならない。

なぜか給湯器の電源も切ってあった。どういうつもりかまったくわからない。出るときに消した。

腹が立つのとは別に腹が張ってあまり眠れない。2時半ぐらいになっても目は覚めていて、風呂の戸を開けて湯が張ってないのを確認して、洗って入れて入る音が聞こえた。

「つまらない住宅街のすべての家」を読んだばかりでもあり、ああもういやだと思う。家族に対してそういう駆け引きをしてくることが本当に疲れる。というかそれはもう家族ではなくて敵だ。

フォローしている知らない人が、毒というほどでもないが癖の強すぎる両親と兄との間を長年取り持ってバランスを取ろうとやってきたが疲れてしまったので今後間には立たないと宣言し、結果直接両親と向き合うことになった兄がおたおたしているというツイートをしていた。大変共感する。